仕事を辞めたらブラック企業だったって気づく

ブラック企業に勤めてた

追い込まれてはいたが、自分がブラック企業に勤めているとは気づかなかった

こんばんは。長島です。

以前の結構壮絶だった職場を思い出したので、その時の状況を振り返って書いてみたいと思います。

ずっとサービス業に従事していた身でしたが、30歳も過ぎて手に職をつけてみてはどうかと入社したのが老舗の製造メーカーでした。

そこは少数精鋭で、社長のトップダウンですべてが決まる会社。この会社に勤めたことがボクの人生の転機になるとは思いもしませんでした。

すべて1回しか教えてくれない超職人気質の会社

大抵のことは1度、先輩の社員さんとパートさんが教えてくれました。

でも、ほとんどは最初の1回、良くて2回くらい。あとはひたすら完成度を高めるのみ。という仕事場。

作業内容自体は単純だったので、はじめのうちはうまくこなすことができました。でも、ある程度できるようになったらどんどん担当作業を追加されていきます。

逆にできなければ、毎日のように説教部屋に呼ばれてられる。の繰り返し。

呼び出しの怖さと、作業追加のプレッシャーでボクは徐々に意見の言えないマシーンのような生活をするようになっていきました。

給料は30歳妻子持ちでも、20万を切る。お昼はもっぱらコンビニの菓子パン、カップ麺

職人の会社なので、満足に給料をもらえるのは本当にプロと言われるようなレベルになってはじめて。と言った感じです。

でも、実際に10年超えのベテラン社員さんでさえ、やっと30万いくかどうかといった感じで給料面ではもう絶望的でした。

妻にも経済的に負担をかけてしまって気も滅入るし、食事だって外食はまともにできません。「計算しながら注文する」ってホント終わった。って感じでした。

美味しそうなメニューには手を出せず、基本的なワンランク下がるメニューをいつも頼んでいました。コンビニは決まって菓子パンとパック牛乳がせいぜい。カップラーメンを毎日のように食べて胃をこわしてたなぁ。

仕事面では仕事量で押しつぶされそうになって、休憩の食事でも気が滅入る始末。家に帰っても家族に申し訳なくて、どこにいっても悲しい気分だったのを覚えています。

精神状態がうつ気味になり、仕事のミスを連発するようになった

こんなハードワークの会社でしたので、どんどん人が辞めていき、新しい人が入ってきます。

1年もするころには、もうボクはトップ社員になっていて指示を出してパートさんを率いる立場になっていました。

仕事量も先輩社員さんの分も受け持って、手一杯の状態よりもさらにパンパンの完全アウトな量。

トップのポジションにしたって、腕が上がってトップじゃあないんです。上の人が全員いなくなっちゃったからです。でも、この頃のボクはそんな違和感さえもなく昇給して1万くらい手取りが増えたことにやりがいを感じて必死になってました。

よくよく考えれば元々低い設定の給料で1万増えたといっても、これって増えたと言えるのか疑問符が残ります。

更に加えて、今まで手当として支給されていた残業手当をすべてカットされることになりました。経費削減という理由で。

残業は相変わらずさせるのに、「それはお前の仕事が遅いからだ」と言われ、残業したくなければ早く終わらせろ。的なことも言われていました。

経済的、精神的、肉体的の3方向からのプレッシャーで、ついにはしょっちゅうトイレが近くなり緊張状態になることが多くなってきたし、

かんたんな仕事もたびたびミスを連発するようになった。

※元からイージーミスはよくするし、トイレも近いほうでしたが明らかに悪化していました

仕事のミスの取返し・通常業務の繰り返しで、帰りが深夜。出社が早朝になることも

自分のミスは誰も助けてくれない。という社風でしたので、従業員はいても横のつながりが全くありませんでした。

膨大な量を抱えてのミスは本当に命取りで、結果、納期の関係もあって深夜に仕事終わり。早朝5時には出社という日もありました。

生活リズムも崩れているうえに、取り返すことができない無限ループの状態になっている。と気づいたとき、

「ああ、もうダメだ。」と本当に思いました。

完全に終わってる時点で気づく。っていうのはなんでもそうなんですね。一念発起してついた仕事で人生の終わりをじわじわと感じることになるとは夢にも思いませんでした。

だって、入社したときはフレッシュな気持ちで「よし!ここでしっかり技術を身につけて頑張るぞ!」って思ってましたから。

最後の支えは妻と息子だった

裕福なことはしてませんでしたが、家に帰れば「お帰り!」と息子と妻が迎えてくれることが唯一の救いでした。

生き地獄から生還したような、ほっとした気持ち。これは今後ずっと死ぬまで忘れないでしょうね。

その後、せどりというビジネスと出会い今に至ります。

2016年現在でも、まだまだ険しい人生の途上はまったく変わっていないです。これからも更に辛いことも待っていると思います。

でも、会社に勤めていたころと全く、確実に違うことは「自分で選択した辛さだということ」です。

自分で進んでいく厳しい道だから、その先のゴールにたどり着けたらどんなにいいことが待っているか。その報酬は確実に受け取れます。

サラリーマンと違って自分の成功を会社に搾取されることもありません。

そしてもうひとつは、志を同じくする仲間がどんどん増えていることです。

ボクのような30代、40代あたりの新創業者って不景気時代をもろに受けている世代だけあって、いろんな辛いことを乗り越えてきた人が多い。苦しさや辛さをわかっていて、経験している人間ってやっぱり深みがあって強いです。

楽な選択ばかりをする人生は本当に得るものがなくてつまらない人をつくっていきます。

もし、ボクが子供の頃に戻れて小さい自分に出会えるなら、「ファミコンばっかしてないで、もっといろんなことに挑戦しろ!」って言いたい。 その頃の僕はたぶん、そんなこと言われたところで好き勝手に遊ぶでしょうけどね。。

苦しい時期を抜けたからこそ、残りの人生は絶対にあきらめない!

今までも大変だったし、今も大変です。正直。 だけど、底辺に割と近いところを味わったならばそれ以下はないし、そこまでのツラさ未満なら何とでも対応できる。

だからボクはもっと大変で辛いところに進んでいこうと思います。本当に物好きだと思うし、妻には申し訳ないと思っています。

でも、いつか報いれるようにどんなことにでも諦めない。ネバー!ネバー!ネバー!ギブアップ!で行きたい。

死にそうになっても諦めない限りはまだまだチャンスがあります。

そして潔く自分の気持ちに正直にスパッと断る。辞める。退くことも正しい判断になることをお伝えしたい。昔ながらの男は耐えて忍ぶ。的な精神論は今の時代ではナンセンス。辞めるときはスパッとやめましょう!

まともじゃない会社の割合のほうが日本は多いんですから。

あ、あとこれだけは言わせてほしい。

会社よりも大事なのは家族です。